太宰治が自殺する直前に残した「人間失格」。人間というものが分からなかった主人公は、道化、という擬態によって、辛うじて人間と繋がろうとした。それは、どうしても諦めることのできなかった、人間に対する“最後の求愛”でもあった。

 

そこで考え出したのは、
道化でした。

自分ひとり全く変っているような、不安と恐怖に襲われるばかりなのです。自分は隣人と、ほとんど会話が出来ません。何を、どう言ったらいいのか、わからないのです。

そこで考え出したのは、道化でした。

それは、自分の、人間に対する最後の求愛でした。自分は、人間を極度に恐れていながら、それでいて、人間を、どうしても思い切れなかったらしいのです。そうして自分は、この道化の一線でわずかに人間につながる事が出来たのでした。おもてでは、絶えず笑顔をつくりながらも、内心は必死の、それこそ千番に一番の兼ね合いとでもいうべき危機一髪の、油汗流してのサーヴィスでした。

自分は子供の頃から、自分の家族の者たちに対してさえ、彼等がどんなに苦しく、またどんな事を考えて生きているのか、まるでちっとも見当つかず、ただおそろしく、その気まずさに堪える事が出来ず、既に道化の上手になっていました。つまり、自分は、いつのまにやら、一言も本当の事を言わない子になっていたのです。(太宰治「人間失格」より)

 

太宰治 Dazai Osamu(1909 – 1948) 青森県五所川原市出身の小説家。